ソシュールの記号学

ソシュールの記号学(以降単純に「記号学」)は、言語学、哲学におけるコペルニクス的転回となっただけでなく、世界を変えつつある人工知能にも応用されている(ホント?)と言われています。今回は、ソシュール以前の言語学とその問題を明示し、記号学を体系的に説明したいと思います。

ソシュール以前の言語学

言語学の目的は、自然言語(※1)を論理的に説明し、究極的には言語を通して人間の認識方法を探ることにあります。ソシュール以前の言語学では、言語の歴史的変遷(語句や表現の変遷)に焦点を当てた通時言語学が主流でした。

しかしながら、通時言語学には限界があります。例えば、語句の変化について考えてみましょう。語句A(意味x, y)→語句A(意味x)のように語句は変化していないものの意味が変化しているケース(※2)が存在します。この時、意味yはどうなったのかと言うと、単純に廃れたか、あるいは他の語句B(意味y)に吸収されたと考えられます。従って、語句Aの意味は単純な語句A(意味x, y)→語句A(意味x)といった変化だけでなく、語句Aをとりまく語句B(意味y)との関係によって決定されています。言語は絶えず変化するものですから、こうした語句や表現の関係を通時的に分析するのは不可能です。

ソシュール以前の言語学を特徴づけるポイントのもうひとつに、言語命名目録観があります。言語命名目録観では、言語の前に純粋概念が存在すると考えられています。「豚」という語句が存在する以前に、豚の純粋概念が存在しており、言語は豚の純粋概念に「豚」というラベルを貼りつけているにすぎないと主張します。プラトンのイデア論(物事には普遍的本質が存在するという考え方)まで遡る根深い思想です。

もし言語命名目録観が正しければ、全ての言語において語句の意味は一致します。なぜなら、純粋概念が言語以前に存在するため、言語が違っても純粋概念を同一の語句(もっとも語句の綴りや発音は違いますが)で名付けることができるからです。例えば、日本語の「豚」と英語の”pig”は全く同じ意味を持つということになります。しかしながら、実際のところ全くそうではありません。日本語の「豚」も、英語の”pig”も意味が重なる部分はあるものの、少しずつその意味の射程はずれています。

※1:自然言語は日本語や英語等、自然発生後に発展してきた言語のことを指します。これの対極は人工言語であり、エスペラント語やプログラミング言語等、特定の目的を持って人工的に作られた言語のことを指します。例えば、エスペラント語は、全人類がコミュニケーションをできるように作られ、プログラミング言語はコンピュータを動かすために作られました。
※2:古語の「影」には「①影、②光」という意味がありましたが、現代語の「影」は「①影」という意味しかありません。

ソシュールの記号学

ソシュール以前の言語学は以下のような課題を抱えていました。

  • 語句や表現の関係を通時的に分析することの不可能性
  • 言語命名目録観という誤謬

前者についてソシュールは、言語の分析においては通時性よりも共時性を優先させるべきだと主張し、共時言語学を打ち立てます。共時言語学とは、ある時点の言語に焦点を当てる学問です(※3)。従って、ソシュールの記号学は、共時言語学を前提としていることは念頭に置いておく必要があります。

後者については、言語は恣意的かつネガティブな関係性から構成される価値体系(後述)であることを明らかにし、従来の言語学に大きな衝撃を与えました。この考え方は言語学のみならず哲学や自然科学へも応用される汎用性を持つため、記号学として船出することとなりました。

※3:言語は絶えず変化しているため、実際上は微分的に切り出すことができません。しかしながら、時代ごとに語句や表現はある程度固着しているため、例えば時代ごとに塊で切り出すことは合理的だと考えられます。

概観

記号学は抽象的かつ複雑な学問ですが、全体像を俯瞰できるようなものは存在しません。一方で、全体像が見えないまま各論へ入ってしまうと、記号学の理解は一向に進まないというジレンマもありました。そこで、やや簡略化してはいますが、概観図を作成してみました。特に、それぞれのコンセプトがどのレイヤー(ランガージュ、ラング、パロール)に属するのか注意すると良いでしょう。

ランガージュ

ランガージュは、人間固有の普遍的な言語能力(抽象化能力・カテゴリー化能力)です。動物はランガージュを持たないため、言語を扱い、抽象化・カテゴリー化することができません。動物にもその動物の言語があるのではないかという反論があるかもしれません。しかしながら、動物の言語は刹那的で、抽象化能力・カテゴリー化能力に欠けています。このことは簡単な実験で証明することができます。

例えば、サルAの前に青・赤・黄色のコップを置き、青色のコップの中にはバナナを隠しておきます。青色のコップを選ぶとバナナを得られますが、それ以外のコップを選ぶとバナナは得られません。この試行を何度も行い、コップの順番は毎回変えるものとします。最初は全くでたらめにコップを選び、バナナを得たり、得られなかったりするでしょう。しかしながら、回数を重ねるうちに青色のコップにバナナが隠されていることを学習していきます。そこで、青・赤・黄色のコップが見える状態で、サルAと異なるサルB(サルAと仲が良い)をしばらく同じ空間に閉じ込めておきます。今度はサルBがコップを選びます。サルBは、サルAと同様、試行錯誤の末、青色のコップを選ぶようになるでしょう。残念ながらサルAの経験がサルBに活かされることはありません。どうしてでしょうか。

サルAは、サル語で「青色のコップにバナナがある」とサルBへ伝えれば良いだけに思えます。「青色のコップにバナナがある」と伝えるには、青色のコップにバナナがあるというサルAの具体的な経験を、サルBがわかるよう「青色のコップにバナナがある」と抽象化する必要があります。ところがサルにはこれができません。サルはランガージュを持たないため、言語を扱い、抽象化・カテゴリー化することができないのです。

ラング

ラングは、ランガージュが人間社会において顕現したもので、日本語や英語等の個別言語共同体で用いられている多種多様な国語体、共通のコードです。しかしながら、ランガージュを持つからといって、必ずしもラングを習得できるわけではありません。ラングを習得するには、人間社会に置かれる必要があります。人間社会から隔絶された人間が、懸命な教育にも関わらず言語を操るようにならないことは、「アマラとカマラ」や「アヴェロンの野生児」の事例からも示されています。

ラングには、記号学の根幹となるコンセプトが多く盛り込まれています。議論の抽象度も高くなり、挫折しそうになるため、できるだけ具体例をまじえて説明します。

シーニュ、シニフィアンとシニフィエ

シーニュは、日本語で言うところの記号であり、記号学では語句や表現が全て記号で成り立つと考えます。”cat”、”tiger”、”lion”、これらは全てシーニュです。シニフィアンとシニフィエの結合で構成されており、シーニュ単独で存在したり、シーニュからシニフィアンとシニフィエのいずれかが欠落したりということもありません。

シニフィアンは、音のイメージです。語句や表現の音が実際に発せられる前段階、発音記号のようなものと考えると良いかもしれません。例えばシーニュ”cat”のシニフィアンは、[kǽt]となります。

シニフィエは、概念、語句や表現の意味です。例えばシーニュ”cat”のシニフィエは、”cat”の概念(”cat”がどのような形をしていて、どのような鳴き声で・・・)となります。ここで注意したいのは、シニフィエとレファラン(指向対象)は異なるということです。シニフィエは概念でシーニュの一部であり、レファランはシーニュの後に生じる実体です(後述)。

連辞関係と連合関係

連辞関係は、語や表現の意味が前後の語や表現との関係、つまり文法上の繋がりの関係です。具体的には、”I saw the cat”の”saw”と、主語”I”や目的語”the cat”の関係を意味しています。連辞関係により、”saw”が「のこぎり」ではなく「見た」と解釈できます。

連合関係は、話者が別の語や表現を選択してしまったためその文脈から排除される語や表現との潜在的な関係、つまり語や表現間の関係を指します。例えば、”I saw the cat”の”saw”と、同じ位置を占めたであろう”had”、”met”、”loved”等との関係を意味しています。連合関係は、価値体系から生じます(後述)。

自然(カオス)、分節化と価値体系(差異の体系)

自然(カオス)は、人間が認識できない混沌とした世界です。この世界では、”cat”、”tiger”、”lion”が弁別されないまま雑然と存在しています。乱暴な言い方ですが、何かよくわからないものたちが、沢山ごちゃまぜに存在する景色をイメージすると良いかもしれません。

ラングは、自然をそれぞれの社会独自の切り分け方により分節化(自然をスラッシュで分けること)し、価値体系を築き、人間が認識できる世界へと変容させます。これによりはじめて、何かよくわからないものたちを”cat”、”tiger”、”lion”として弁別することができます。

ところで、分節化するといっても、何を基準にするのか気になるところです。驚くことに分節化の基準はありません(分節化の恣意性)。それではどのように”cat”、”tiger”、”lion”が分節化されるのでしょうか。”cat”は、”tiger”や”lion”と異なるという差異によってのみ分節化されます。つまり”cat”、”tiger”、”lion”は、その存在を危うく共依存しています。”cat”が何かの拍子になくなれば、”tiger”や”lion”が”cat”を含むことになるかもしれません。こうしたことから、価値体系は、差異の体系と表現されることもあります。

レファラン(指向対象)

レファラン(指向対象)は、言語による自然の分節化の結果生じる実体です。記号学は言語命名論を否定していますから、言語以前に存在する実体ではありません。具体的には、”cat”、”tiger”、”lion”の差異の価値体系により自然が分節化された結果、”cat”というシーニュが生じ、はじめて認識できるようになった目の前の”cat”がレファラン(指向対象)に該当します。逆に言えば、”cat”というシーニュが無ければ、目の前のものは”tiger”かもしれませんし、”lion”かもしれません。

恣意性と必然性

ソシュールが言語は恣意的であると言う時、次の2つの恣意性を指しています。

  • シニフィアンとシニフィエの関係性には、自然的かつ論理的絆がない(シーニュ内部の縦の関係の恣意性)
  • ラング体系内のシーニュは、その体系に共存する他の事項との対立関係からのみ決定される(シーニュ同士の横の関係の恣意性、分節化の恣意性)

前者の恣意性は、”cat”の音のイメージ[kǽt]であるシニフィアンと、”cat”の概念であるシニフィエの間には何ら必然的な繋がりがないということを表しています。”cat”の概念が、[bǽt]という音のイメージ表されてても良いわけです。「あかい」という音が、赤いという概念とは全く関係ないことからも理解できるかと思います。

後者の恣意性は、”cat”は、”tiger”、”lion”との差異によって決定されるということを表しています。”cat”は、”tiger”や”lion”と異なるという点においてのみ”cat”となります。自らを前面に押し出すブランドが多い中、「無印良品」はゼロブランドであるという他のブランドとの差異により、「無印良品」たりえるのです。

ところで、前者の恣意性は、後者の恣意性の論理的帰結です。後者の恣意性が、自然(カオス)を分節化することで価値の体系(差異の体系)を構築し、それによりシーニュが生成されるからです。ただし、いずれの恣意性も特定のラング内では、その話者にとって必然性として映ります。ラングがあまりに強大であるため、話者一人の力ではラングは変えられないからです。シーニュ”cat”を廃止して”cat”を”tiger”に含めて表現したり、”cat”を[bǽt]という音のイメージで表現しても、周囲の眼差しが冷たくなる程度の変化しかもたらせないでしょう。

パロール

パロールは、ラングの実践であり、具体的音声・文字の連続です。例えば、会話する時に発せられた音声や、文章を書く時に記された文字を指します。そうすると、一見パロールはラングの下位に位置づけられるように思われますが、パロールとラングは相互依存関係にあります。

ラングがパロールとして実践される際、未だラングに規制されていない新しい具体的音声・文字の連続が生み出されることがあります。インフルエンサーが発明した造語が「バズり」、広く利用されることはその一例です。また、パロールとして実践されなくなった語句や表現は、死語としてラングから消えていきます。SNSが廃れるような時代が到来すると、「バズり」もやがてラングから消えていくことでしょう。こうして、ラングがパロールを規制する一方で、パロールもラングに作用し、更新していきます。

まとめ

世界に溢れる記号は、言語だけにとどまりません。バルトは、記号学を言語のみの分析から解放し、イメージやファッションへも応用できることを示しました。例えば、青のジャケットに赤と白のチェックのシャツは、それ自体では単なる服というシニフィアン(表層)ですが、「フランスっぽい」というシニフィエ(概念)を持つというように解釈できます。

記号の構造を知ることは、人間の認識方法を知ることです。情報社会・消費社会に生きる現代人は、日々こうした記号に晒され、解釈し、あるいはさせられています。記号学は、自身の認識がどのように成立するのかを明らかにし、全てがはかなく過ぎ去ってゆく現代での精神的な碇となることでしょう。

ソシュールの記号学」への2件のフィードバック

  1. Sayaka Sakai 返信

    英語の調べ物をしていてたまたまこのサイトにたどり着きました。前から記号学について興味があったので本来の調べ物そっちのけで、大変楽しく拝見させて頂きました。簡潔に図示してあって、とても分かりやすかったです。

    • Keisuke Tamori 投稿者返信

      励みになるお言葉ありがとうございます! お役に立てたようで、とても嬉しいです。またこうした分野の記事を書きたいと思います。

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